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フィリピンにて [経営]

先週の11日から14日の間、マニラに行ってきた。

昨年12月以来のマニラだったが、今回は前回と同様マカティ、ボニファシオの他、ケソン、マンダルヨンにも行ってきた。

最終日は午前中マンダルヨンで打合せした後、ニノイ・アキノ空港へ向かった。

途中、渋滞回避の為かタクシーは幹線道路を外れ、狭い道に入る。
ジプニーやトライシクルがギリギリで行き交う道沿いに、サリサリストアや露天の店が立ち並び、その軒先に人々がのんびり座っている。。
マカティなどの整然とした町並みも良いが、こうした風景はいかにもフィリピンという感じがして良い。

小生はSkypeを使った英会話教室でレッスンを受けている。先生はすべてフィリピン人で、ケソンやマンダルヨンに住んでいる先生も多い。

こうした町並みの中のどこかに、これらの先生が住んでいると思うと感慨深い。

そういえばどの先生の時でも、レッスンの最中には必ず鶏の鳴き声が聞こえる(いつも受けるのが朝なので)。。

ICTの進展で、こうした町に海外からのオカネが落ち、少しだけかもしれないが雇用が生まれている。
今はまだ、ICTの恩恵を受けるのは一部の人達だけかもしれないが、そのうちに殆どの人達がPCやスマホなどを経由してICTに触れるようになる。
そして私達は、彼らに提供できるものは何かを考え、準備をしておかなければならない。
世界に目を向ければ、新たなビジネスの種はきっとある。

海外へ

pl2.jpg元旦の挨拶以来、久しぶりの投稿だ。随分さぼってしまった。

今日の日経新聞で目を惹いたのは、外資の日本離れの加速と日本企業の海外進出の進展により、11年の投資額は流入を流出が上回ったという記事。流出超過額が実質過去最大になったという。
デフレや社会保障不安、少子高齢化など、将来に向けての明るい要素に乏しい日本に、外資が魅力を感じるはずもなく、同時に日本企業も、どんどん海外に逃げてゆく。

我々のような経営資源の乏しい小さな会社にとって、海外を目指すのは難しい。
しかしあきらめてしまうのではなく、どうすれば出来るのか良く考えてみることも必要ではないだろうか。
サービス業など、以前では考えにくかった業種においても、今では当たり前のように海外展開をしているのだ。

ソフト開発業はサービス業と製造業の中間のようなところがある。
自社で受託あるいは自社ソフトを開発するのは製造業に近いし、派遣はサービス業だ。
製造業的な部分は、海外展開し易い。典型はオフショア開発。
では販路を海外に求めるためにはどうすれば良いのだろうか。

最近弊社では、自社開発のソフトについては、日本語版より英語版を先行して開発するよう、方針を転換しつつある。
冷え込んだ日本市場を相手に考えるより、世界市場を中心に据えたほうがチャンスが広がるのではないかとの考えからだ。
もう一つは、Androidマーケットや app storeを利用すれば、簡単に海外市場にコンタクトできるということ。

もう、日本から世界に出て行く、という発想自体を変えなければならないのかもしれない。
最初から世界をマーケットとした、製品やサービスを考える。
コトバの壁で長らく守られてきた、日本のITサービス。意識の改革を迫られている。

謹賀新年

diamondFuji.jpgあけましておめでとうございます。

新年らしい清清しい朝を迎えました。気持ちも新たに、何事にも真摯に取り組む姿勢を忘れぬよう、今年も取り組んで参りたいと思います。

思えば昨年は大変な一年でした。未曾有の大震災と津波、そして原発事故。私の住む浦安も被災しました。
何週間もライフラインが止まり、ガソリンのない中、家族で風呂や洗濯のために車で夜ごと彷徨いました。
また液状化で街のいたるところが陥没・隆起し、乾いた泥が風に舞い、荒野のような情景が続きました。
9ヶ月経った今でも、デコボコの道路や、傾いた信号機などが残り、いったい、昔の整然とした町並みに戻ることがあるのだろうかと思ってしまいます。

また、海外の情勢に関しても激しい変化がありました。アラブの春、リビア・エジプト等の政権崩壊や欧州危機、更にタイの洪水被害。震災の被害がまだ生傷の状態だというのに、それらに晒されるわが国の姿がありました。

大変な1年でしたが、同時に様々な事を考えさせられました。

震災においては、家族の絆を再確認し、協力して事態を乗り越えようとする地域のコミュニティの姿がありました。
同時に、被災地における市井の人たちの勇気ある行動や、不幸を受け止めて粛々と生きてゆく被災者の姿には、我々に、日本人としての誇りと勇気を与えてくれました。

またアラブの春は、ソーシャルメディアが国民の不満を糾合し、ついに長期政権を覆しました。
欧州危機は、リーマンショック以降のツケが溜まって、ひとつの国家さえ危い状態に至らしめています。

こうした中、今年は、リスタートの年ではないかと思います。
震災からの本格的な復興、そしてアラブの春も新たな時代の幕があいたばかりです。
欧州危機も沈静化はしているものの、解決したとみてよいのでしょうか。

リスタートと口では言えても、実はそう簡単ではないと思います。

静止状態に運動エネルギーを与えるからスタートできます。
エネルギーを与えなければ、絶対に物事は動かない。

動かすものが大きければ大きいほど、大きなチカラが必要です。
大きなチカラを生むためには、それが生み出せるよう、自己を鍛えて変革しなければなりません。

まずは自らを鍛えて自己変革し、エネルギーをあたえしむる側の存在になることを目指していきましょう

今年もよろしくお願いします。

通知表

michi.jpg小学5年の愚息も2学期が昨日で無事終わり、通知表を持って帰ってきた。

1学期の通知表の内容が余りに悪く、本人もよほど悔しかったようで、ちょうどその頃親子で始めた原田メソッドを、自ら本格的に取り組み始めた。

原田メソッドとは、本ブログでも何度かご紹介した、原田隆史先生の目標管理のメソッドである。
原田先生は、荒廃した中学校に陸上部を新設し、7年間で13回の日本一に導いたカリスマ教師である。

1.目標を設定する。
2.目標の達成に必要と思われる毎日の取り組みをルーチンチェック表にして、毎日出来たか出来ないかを○×で記入していく。
3.毎日の記録を日誌につける。

これを毎日コツコツやっていく。
その結果、2学期の成績は、上がった項目が8個(今の通知表は科目毎に詳細の評価項目がある)、下がった項目が4個。8勝4敗といったところか。4年生の時は2学期が中だるみで成績が落ちたから、まずまずの効果が出たと思う。
決して出来の良い息子ではないが、何より自ら奮起して地道に努力し、成果を出せたのが、親としては何よりも嬉しいし、本人も達成感を感じていることだろう。
そうして、ゆっくりでもいいから、ひとつひとつ着実に、階段を上って行けば良いと思う。

フィリピン訪問

先日7日から10日まで、フィリピンのマニラに行ってきた。

目的は、弊社のデジタルサイネージシステム、"ADGrid"を使ってLEDパネルに表示するテストや、新しく開発したAndroidアプリ"ADSmart"のデモなど。



ADGridについては、日本側からの操作で、LEDパネルの制御やコンテンツ表示などのテストも実施した。
フィリピン側からの操作で、日本のサイネージをコントロールするテストは先月実施したので、これで双方向のテストが完了したことになる。
インターネットを使ったデジタルサイネージの海外展開、これからいっそう積極的に取り組んでいきたい。

pasigriver.JPGさてパスポートを見返すと、前回、最後にマニラに行ったのは2007年の5月だったので、4年半ぶりになる。
その間の経済性成長率を調べたら2007年のGDPは6.62%、2008年4.15%、2009年1.15%、2010は何と7.63%、2011年の予測は4.5%。つまり前回行った時よりも大体22%位成長しているわけだ。

2割ほど成長したフィリピンの感想は、まず、街行く人達の身なりが小奇麗でおしゃれになり、亜熱帯の発展途上国の印象がなくなってしまった。
新たに開発中のGlobal Ctiyは、日本の豊洲あたりの街並みのように美しい。
それと、以前は頻繁に目にしたホームレスや路上で物を売る子供達の姿がかなり減った。

それにもうひとつ。「みんな若い」ということ。実はこれが一番うらやましく感じた。


フィリピンは世界の成長センターであるアジアにあって、普通に英語が使える数少ない国である。
英語の苦手な我が国においては、そうしたフィリピンのアドバンテージは気づきにくいかもしれないが、
英語を普通に使っている国においては、コミュニケーションに苦労がないというのは魅力的なはずだ。
日本人が韓国や中国に旅行に行ったって、看板やレストランのメニューに書いてる内容はまずわからない。英語で書いてあればなんとか想像がつく。相互を理解するためには、共通の言語を持っているのが一番良い。

BRICsのあとはVIPという。ベトナム、インドネシア、そしてフィリピン。
発展が約束されているアジアにあって、リソースの限られた我々がアプローチするために、どうすればよいか、何を準備すべきか、真剣に考えていかなければならない。

成功体験

guppi.jpg 毎朝仕事を始める前に、自己啓発に関する本の一説を読むのを習慣にしている。
 より多く仕事をし、成果があげられるよう毎日本からパワーをもらっている。
 気にいった本は何度も繰り返し読んでいる。
 読む時間は10分程なので、細かく節が分かれた本が読みやすい。
 朝全くの自力で自分にスイッチを入れるより、こうしたほうが楽だ。
 気に入ったフレーズは、EXCELや付箋のソフトに書き出しておく。

 経営コンサルタントや学者とかの本もいいが、やはり実際に事を成した経営者などの言葉はずしりと重い。
 そして表現は違えど、これらの人たちの言っている事には、本質的には変わらない部分が多いことに気づく。

 その一つが「成功体験」を積む、ということだ。
 まずは小さなことでいいから、目標を設定し、一度立てた目標は絶対に達成するという習慣を身につける。
 そして目標を達成したときの充実感、「成功体験」を得る。

 仕事に全力を注げないのは、この成功体験が足りないからだ。
 努力の向こう側には、大きな喜びが待っていることを知ろう。
 今からだって遅くない。グッピー理論というのがあるのだそうだ。

 目標を設定し、その目標にまい進して行こうとしたとき、「成功体験」がエンジンとなるに違いない。

種をまく。

in_037.jpg種を蒔く季節は厳しい。

でも厳しい中でも、たくさん種を蒔いておけば
少しは芽が出るかもしれない。
少ししか蒔かなければ、芽はひとつも出ないかもしれない。
だから厳しくても、少しでも多く、種を蒔いておく。

幸運にも芽が出たら、それを大事に育てる。
水もやらずにほおっておくと、あっという間に枯れてしまうから、大切に育てる。

そうしてある程度成長するまで、気を抜かずに育てれば、
ぐんぐん成長して、やがて花が咲き、実をつける。

収穫出来たら全部自分で食べないで、おすそ分けをする。
そしてまた、次の収穫のために、その種を蒔く。


事業も同じだ。事業者は将来のために、可能な限り先行投資をし、運よく立ち上げ成功した事業を大切に育て、その果実を独占しないで出来得る限り共有し、また次の成長のために投資する。

個人も同じかもしれない。
ドラッガーは、今は「歴史上初めて自分自身を経営する責任を負わされる」時代だと言っている。
自分の未来のために、たくさん種を蒔いておく(=継続的な努力を続ける)ことをしなければ、果実を得ることができない。


幸運にも我々には、農耕民族のDNAが刻まれている。
種蒔きをし、収穫までの長い間勤勉に働き、他者を思いやる民族性があったからこそ、世界をリードする技術立国となった。

自分よりも前の世代の先輩方は、自分よりも勤勉で、辛抱強く、執着心が強いと思うことが多い。


時計の針を少し戻し、強かった時代を我々の手で取り戻そう。

混迷の時代に

sky.jpg以前も書いたが、人材教育・育成の原田式メソッドを初めてそろそろ3ヶ月が経とうとしている。

原田式メソッドとは、荒廃した中学校に赴任し、3年後に日本一にすると宣言して陸上部を立ち上げ、見事それを成し遂げた、元教師の原田隆史氏が考案した教育システムである。

ワタミやユニクロなどの人材育成にも活用されているとのことである。

目標を明確化し、どうすればそこに到達するかを考えて日々すべき項目に落とし込み、チェック表を作る。
またその日々の実践の結果を日誌に記録していく。

その効果を身をもって体験し、当社の目標管理システムとして活用するため、現在は各社員が試行する段階に入っているところだ。

既に自分の身は自分で守る時代になっている。スキルアップや朝活、社外のネットワークの構築など。。
ただし、闇雲に頑張っても何も得るものはない。まず目標を明確化・明文化する。
その目標に到達するために、毎日必ずしなければならないことを列挙し、必ずやり遂げる。

混迷を深める時代にあって、我々はますます一日一日を懸命に生きなければならない。
競争相手は国内だけではない。アジアの人達は生きることの必死さが日本人と全く違う。
こうした競争に勝ち抜いていくために、また、充実した人生のためにも、弛まぬ努力を続けていこう。

ダイエット

IMAG0043.jpg最近、少しずつではあるが体重が減りつつある。

まだまだ十分デブの部類だが、コンスタントに80kgを下回るようになった。
たぶん10ウン年ぶりの平均体重で、ズボンのウエストもタブタブのものが増えてきた。
久しぶりに会った人からは驚かれたりもする。
「アイツ病気なんじゃない?」を陰で思ってる人もいるかも。

持病の腰痛を何とかしようと思い、習慣的に運動をするようになって2年位たった。
最初の頃はジムに週2回位、最近ではジムを止めて、プールに週1、2回と卓球を週1回。
腰痛はほぼ克服できたが、体重はなかなか減らずにいた。
加齢とともに基礎代謝が減るので、食べる量を減らさないといけないのだが、これがなかなか出来なかった。
食べる量を減らすきっかけになったのは、膝痛で病院に行ったときの医者の一言。
「膝は消耗品なんですよ」
重い体重を支え続ければ、いつかは膝が限界を超え、運動できなくなったり、歩けなくなるかもしれない。
運動ができなくなれば、仕事にも支障を来たす。

こうしてダイエットを始めたが、まず最初に平日は付き合いを除いては酒を飲まないようにした。
飲むとどうしても何か食べたくなる。
次に大盛りを食べるのを止め、ご飯をゆっくり食べるようにし、おかずを含めた全体の量も少しづつ減らしていった。

体が軽くなってくると、今まで適当にしていたこともキチンとするようになった気がする。
生活に規則正しさも出てきた。体がそれに答えられるようになってくたのだと思う。
目標はあと8キロ減量。もっと体が快適に動き、軽快に仕事ができるようになりたい。

巨星墜つ

apple_logo_rainbow_6_color.jpgカリスマ スティーブ・ジョブズが亡くなった。
昨日の朝この報をツイッターで知った。俄かには信じられず誤報かとも思った。
もうこういう人は出てこないかもしれないとさえ思える天才。やはり復帰後も病と闘っていたのだろうか。
まずはご冥福をお祈りいたします。

昔、富士通の9450Σというパソコン風のオフコンがあった。これに載せる設計支援ツールの開発を若い頃にしたことがあるのだが、顧客からマック風のインターフェースにしたいとの要望があり、マックを扱っていたショップに行って触らせてもらった。
マウスによる操作とグラフィカルなインターフェースは、当時は全く異質で、斬新だった。
デザイン性の高さは言うまでもないが、その後のWindowsの出現に見られるように、直感に訴えるインターフェースは、その後のパソコンへと引き継がれていった。

アップルはこれから普通の会社になってしまうのだろうか。
iPhoneの強みはソフトとハードを同時に開発できることにあると思うが、これもgoogleがモトローラの携帯部門を買収したことで、後ろからひたひたと追いかけてくる。

今はアップルも失意の底にいるだろうが、ジョブズのDNAを引き継いだスタッフ達によって、ジョブズを超えるような製品がいつか出てくることを祈りたい。

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